時と共に はるかな海への想い
海の近く人住んでいた頃のことを、たまに思い起こすことがある。それは、ふと海に浮かぶゆったりと進んでいるPCC船を眺めていた時のことである。
その風景は、色褪せず想起される。その船は、最初に入社した会社のロゴで、研修として乗船したことのあるPCC船と同型のものであった。
もう30年以上も前のことである。
オーストラリアまで完成車と部品を輸送している船に、甲板員のひとりとして乗船した。往復で40日間程度かかったと記憶している。閉鎖された船という空間であったこそ、そこには貴重な体験が詰まっているのかもしれない。大きな海からすれば、小さな木の葉のような「船」という空間である。そこで、体感したことは何とも言えぬ海との一体感であった。
見上げれば満点の星。足下を見れば碧き海。心臓の鼓動のごときエンジン音を響かせ、辛うじて浮かんで目的地に向かっている船。この時間、この空間に溶け込んで、星や海と同化しても、不思議ではない感じであった。
この感覚は、時と共に忘れ去り今に至る。何か大切なものをどこかに置き忘れてきたのかもしれない。
しかし、はるかな海を眺め、船に出会うこと、それを想起することで、大切な忘れ物を引き戻したのかもしれない。蒼き時代の事を…
※PCC(Pure Car Carrier)自動車専用船